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アクション!シルヴェスター・スタローン/ロッキー&ランボー!不撓不屈のアクション映画スターをご紹介!!
90年代に購入していた映画雑誌でのスター人気投票を参考に、海外俳優たちを紹介していこうと思います。今回は、今なお活躍し続けるアクション映画スター、シルヴェスター・スタローンです。
シルヴェスター・スタローン
(Michael Sylvester Gardenzio Stallone)1946年7月6日生まれ
【出生地】 アメリカ合衆国 ニューヨーク州ニューヨーク市マンハッタン区
【職 業】 俳優、映画製作者
シルヴェスター・スタローンは、幼少期のハンディキャップを乗り越え、『ロッキー』の大ヒットで世界的名声を手に入れました。以後、アクション映画スターとして活躍し続けています。彼のこれまでのキャリアや、社会貢献の活動をご紹介していきます。
生い立ちからキャリアについて

シルヴェスター・スタローンは、ニューヨークで生まれました。出生時に産婦人科のミスで顔の左側の神経を損傷し、顔の麻痺と舌足らずな発声というハンディを負いました。少年時代は両親の離婚やいじめなどに苦しみ、空想や映画に逃避していました。12歳のときに母とフィラデルフィアに移り、母の経営するボクシングジムで筋トレを始めました。
1967年から1969年までマイアミ大学で演劇を学び、ニューヨークのオフブロードウェイで舞台に立つなど下積み生活を送りました。1970年代初めには低予算映画やアダルト映画に出演するなど苦労しました。1975年にモハメド・アリの試合を観て感動し、わずか3日間でボクシング映画『ロッキー』の脚本を書き上げました。
『ロッキー』は1976年に公開され、世界的な大ヒットとなりました。スタローンは主演男優賞と脚本賞の両方にアカデミー賞にノミネートされるという快挙を成し遂げました。この作品はシリーズ化され、スタローンはロッキー・バルボア役で8作品に出演しました。
1982年には戦争映画『ランボー』に主演し、PTSDを抱えた元兵士ジョン・ランボー役でアクションスターとしての地位を確立しました。この作品もシリーズ化され、スタローンは5作品に出演しました。
1980年代から1990年代にかけては、『コブラ』『クリフハンガー』『デモリションマン』など数多くのアクション映画に主演し、高い人気と興行収入を得ましたが、批評家からは酷評されることも多くありました。2000年代初めには人気が低迷しましたが、2006年の『ロッキー・ザ・ファイナル』と2008年の『ランボー/最後の戦場』で復活しました。
2010年代には自ら企画したアクション映画『エクスペンダブルズ』シリーズを製作し、自ら主演するとともに他の有名なアクション俳優たちを集めて話題を呼びました。2013年にはライバルでもあるアーノルド・シュワルツェネッガーと共演した『大脱出』が公開されました。2015年には『クリード:チャンプを継ぐ男』でロッキー役に復帰し、ゴールデングローブ賞の助演男優賞を受賞しました。
サー・シルヴェスターは、生まれながらのハンディや苦しい下積み時代を乗り越えて、自らの努力と才能で世界的な俳優になりました。彼の演じるキャラクターは、強さと情熱を持ちながらも人間味あふれるもので、多くの人々に感動と勇気を与えてきました。現在も70代になっても衰えることなく活躍しており、今後の作品にも期待が高まります。
主な出演作品の評価
ロッキー

この作品は、サー・シルヴェスターの代表作であり、ボクシング映画の傑作です。彼は脚本と主演を務め、無名のボクサーが世界チャンピオンに挑む姿を感動的に描きました。この作品はアカデミー賞で作品賞を含む3部門を受賞し、スタローンも主演男優賞と脚本賞にノミネートされました。
ランボー

サー・シルヴェスターはPTSDを抱えた元兵士ジョン・ランボー役でアクションスターとしての地位を確立しました。この作品はベトナム戦争の影響を受けた退役軍人の苦悩と孤独を描きながら、迫力あるアクションシーンも展開しました。この作品は興行的にも大成功し、世界中で1億2500万ドル以上の収益を上げました。
クリード:チャンプを継ぐ男

サー・シルヴェスターは『ロッキー』シリーズの第7作目であるこの作品でロッキー・バルボア役に復帰しました。この作品は、ロッキーのかつてのライバルであり友人でもあったアポロ・クリードの息子アドニス・クリードが、ボクサーとして成長する姿を描きました。サー・シルベスターは、老いたロッキーとしてアドニスのトレーナーとなり、彼と共に闘病や挫折に立ち向かう姿を演じました。彼は、ゴールデングローブ賞の助演男優賞を受賞し、アカデミー賞にもノミネートされました。
【主な受賞歴】
ヴェネツィア国際映画祭
2009年 監督・ばんざい!賞『ランボー/最後の戦場』
放送映画批評家協会賞
2015年 助演男優賞『クリード チャンプを継ぐ男』
AFI賞
アメリカ映画100年のヒーローと悪役ベスト100(ヒーロー部門第7位)
2003年『ロッキー』
ゴールデングローブ賞
2015年 助演男優賞『クリード チャンプを継ぐ男』
セザール賞
1992年 名誉賞
〈その他の賞〉
ナショナル・ボード・オブ・レビュー賞
2015年 助演男優賞『クリード:チャンプを継ぐ男』
社会貢献について

サー・シルヴェスターは、俳優としてだけでなく、社会貢献にも積極的に取り組んでいます。彼の主な社会貢献活動には、以下のとおりご紹介します。
- 2005年には、ハリケーン・カトリーナの被災者支援のために、自身の所有する『ロッキー』や『ランボー』の小道具や衣装をオークションに出品し、その収益を寄付しました。
- 2008年には、自身が患った甲状腺癌の治療法として、幹細胞治療を受けたことを公表し、幹細胞研究の推進を訴えました。
- 2010年には、ハイチ地震の被災者支援のために、『エクスペンダブルズ』のプレミア上映会で募金活動を行い、自身も10万ドルを寄付しました。
- 2012年には、自身が出演した『ランボー/最後の戦場』で撮影したタイで起きた洪水被害の支援のために、同作品の監督やプロデューサーと共に現地を訪れ、救援物資や義援金を提供しました。
- 2016年には、自身が出演した『クリード:チャンプを継ぐ男』でゴールデングローブ賞を受賞した際に、同作品で共演したマイケル・B・ジョーダンやライアン・クーグラーら黒人俳優や監督に感謝の言葉を述べるとともに、人種差別や偏見に対するメッセージを発信しました。
以上のように、サー・シルヴェスターは、自身の経験や作品に関連した様々な社会問題に対して関心を持ち、行動力と責任感を持って支援や発信を行っています。彼は俳優としてだけでなく、人間としても尊敬される存在です。
日本でのエピソード

サー・シルヴェスターは、日本との関係も深い俳優です。彼の日本とのエピソードをいくつかご紹介します。
- 1988年には、伊藤ハムのCMに出演しました。スタローンは飛行機の中で伊藤ハムを食べるシーンや、日本語で「伊藤ハムはおいしい」と言うシーンがありました。このCMは日本で話題になり、スタローンの人気も高まりました。
- 1990年には、『ロッキー5/最後のドラマ』のプロモーションで来日しました。スタローンは東京ドームで行われたプレミア試写会に出席し、約5万人のファンと交流しました。また、当時の首相である海部俊樹氏とも会談し、友好的な雰囲気で話し合いました。
- 1992年には、『クリフハンガー』の撮影で北海道を訪れました。スタローンは雪山でのアクションシーンに挑戦し、その迫力ある演技が評価されました。また、撮影現場では地元の人々と親しく交流し、スキーや温泉などを楽しみました。
- 2013年には、『エクスペンダブルズ: ワールドミッション』のプロモーションで来日しました。スタローンは共演者のアーノルド・シュワルツェネッガーやジェイソン・ステイサムらとともに東京国際映画祭に出席し、レッドカーペットを歩きました。また、東京タワーで行われた記者会見では、日本語で「こんにちは」と挨拶し、ファンを喜ばせました。
以上のように、サー・シルヴェスターは日本との縁が深く、多くの作品やCMで日本の観客を魅了してきました。彼は日本の文化や人々にも敬意を持っており、日本からも尊敬されています。
(Wikipedia参照、Microsoft Bing引用)
主な作品紹介
数ある作品の中から、私見で代表作を掲載します。サー・シルベスターの作品をぜひ楽しんでください。
ロッキー シリーズ
勝利への脱出
ランボー シリーズ
初期3部作
ランボー 最後の戦場
コブラ
オーバー・ザ・トップ
デッドフォール
クリフハンガー
スペシャリスト
ジャッジ・ドレッド
暗殺者
追撃者
エクスペンダブルズ シリーズ
大脱出 シリーズ
クリード シリーズ